2020年3月22日 | グローバルCIO スコット・マイナード
私たちは、政策によって金融市場全体における過剰債務やレバレッジテイクに拍車がかかっていた状態で、今回の危機を迎えることとなった。今、我々が目の当たりにしている混乱はそのレバレッジの解消の結果である。混乱の主なカタリストは新型コロナウイルスが起因となった封鎖による経済活動の崩壊であるが、証券市場において資金調達やトレーディングが正常に機能していない理由は、金融市場における過剰レバレッジを解消しなければならなくなったからである。
こういった動きは先週から先々週にかけて当初見られた。ヘッジファンドやミューチュアルファンドがものすごい勢いで資産の流動化に走ったのである。これを見た米連邦準備制度理事会(FRB)は市場が可能な限り円滑に機能するよう手を尽くした。この点ではFRBは良い仕事をしていると考えるが、これで危機を乗り切ることができたわけではない。FRBは今後も追加措置の発表や業務手順の変更を行うであろうし、ホワイトハウスも新たな対策を発表するであろう。市場を下支えするためには大規模な措置が必要である。具体的には2兆ドル規模の流動性プールを設定して、資金を必要とする企業に迅速に融資を行える体制を整えるとともに、FRBによる2兆ドルから4兆ドルの資金調達ファシリティの設定が必要だ。個々の業界ごとに救済策を考えていたのでは時間がかかりすぎる。こうした措置の方がはるかに効率が良い。
しかし市場機能を維持するためには不良資産救済プログラム(TARP)型プログラムによる企業や産業への支援だけでは不十分で、FRBはさらなる施策を取る必要がある。そのため私は、この事態を打開するにはおよそ4兆5,000億ドル規模の量的緩和(QE)が必要であると提唱してきた。さらに、FRBによる窓口貸出(ディスカウントウインドウ)、資金供給オペレーション(レポオペ)、中央銀行間の流動性スワップ、コマーシャルペーパー・ファンディング・ファシリティ、プライマリーディーラー・クレジット・ファシリティ、マネーマーケット・ミューチュアルファンド流動性ファシリティなど、緊急融資策を総動員する必要がある。これによりFRBのバランスシートは少なくとも9兆ドルまで膨れあがるだろう。これは昨年の国内総生産(GDP)の約40%に相当する。この数字は過大に聞こえるかもしれないが、日本銀行のバランスシートはGDPの105%に相当する。それに比べれば米国のQEはまだ拡大の余地がある。
今、市場には数多くのトラブルスポットがある。新型コロナウイルスに関連した経済封鎖で打撃をうけている航空、ホテル、小売、エネルギーなどの業界にレバレッジが高い企業が数多く存在している。こうした脆弱性が高い業界は大混乱に陥っている。
投資適格社債ユニバースの過半を占めるBBB格債も大きな懸念材料だ。BBB格の企業の多くは、実際には格付機関が定めるBBB格の基準を満たしていない。しかし格付機関がキャッシュフローカバレッジまたは資産カバレッジを柔軟に解釈し、かつこうした会社のレバレッジを下げるという口約束を信じて、寛容にもBBB格を付与してきた。その約束を実行されないと何が起きるか、Kraft-Heinzが良い例だ。約束した通りには状況が改善しない事実に直面した格付機関は、同社の格下げをBB格に引下げされた。
Kraft-Heinzのように格下げの危機に瀕している投資適格社債は約1兆ドルある。現在、ハイイールド債市場の残高は約1兆ドルであるから、これらが全て格下げされればハイイールド債市場は倍になる。この新たに供給される1兆ドルを吸収するには、足元のハイイールド債の対米国債発行スプレッドや絶対値ベースの利回りは不十分であろう。
それだけ大量の新規供給を消化できる新たな投資家層はどこにいるだろうか。弊社のように保守的に運用を行ってきて、多少の追加的なリスクを取ることができる投資家もいるかもしれない。しかし、本命の投資家層はファンドに対して1兆ドルを超えるコミットメントを有するプライベートエクイティ(PE)ファームであろう。PEファームがハイイールド債を15%から20%の利回りで購入しそのポジションにさらにレバレッジをかければ、プライベートエクイティに代わる魅力的な投資対象となる。
個別セクターに関していえば、資産証券化市場は今、実質的に機能していない。2015年から2016年にかけて原油価格が1バレル26ドルまで下落して小規模な景気後退が起きたとき、ローン担保証券(CLO)のBBトランシェは額面の4割程度、BBBトランシェは6割程度で取引されていた。現在のCLO市場では売りが優勢となっているが、それでも売値はBBBトランシェが額面の8割、BBトランシェは7割程度だ。今、CLO市場は2015年~2016年をはるかに超える下げ相場に向かっていると考える。しかし、セリングクライマックス的(投げ売り)な売りはまだ出ていない。
このセリングクライマックスが起きないという状態は珍しいことではない。多くの投資家が相場回復を祈ってポジションにしがみついているのだ。たまに、訳が分かっていない投資家が実勢価格から解離した価格で買いを入れることもあるが、CLO商品の売りが増え続ける中で、市場価格は徐々に(あるいは急速に)下げ始めている。
今の売り手の多くは私が証券化市場への観光客と呼ぶ人たちだ。一部のヘッジファンド、保険会社、年金基金などで、過去2、3年利回りを探し求めるうちに証券化市場にたどり着き、CLO投資に必要な専門知識を持っていたわけでもないのに観光客の如く当セクターに足を踏み入れた。利回り向上を目的として証券化商品を購入したこうした投資家の多くは、ポジションを外さざるを得ないところまで追い込まれている。投げ売りが出るのは時間の問題だ。
航空会社が支払うリース料を裏付けとする航空機リース証券化も苦境に陥っている。飛行機の利用客がほぼゼロとなる中で、航空会社(レッシー、航空機の借り手)はリース料の支払い不履行に陥るか、あるいは支払猶予を求めるかの二者択一という現実に直面するであろう。レッサー(航空機の貸し手)の元には既に数多くの猶予要請が来ているという。しかしビジネス環境がますます悪化する中では、破産あるいは清算を申請して航空機を売却せざるを得なくなる航空会社も出てくるであろう。現在、中古旅客機の価格はゼロに近く、これは9.11後の価格よりも安い。9.11は主に米国の事件であり、米国外の航空会社が大きな影響を受けることはなかった。今のように、基本的に全世界の航空会社が2008年から2009年の大規模な景気後退時よりも低い水準まで運行本数を削減するというのは未曾有の出来事である。
こうした中、航空機リース証券化商品の価格が適正な水準まで下がっていないことは興味深い。投資家の売値は額面の85%から90%だが、合理的な価格は50%から65%、あるいはそれ以下であろう。
このように多くの市場で売りが優勢となる中、社債市場でも投資適格社債、ハイイールド社債共にスプレッドが大幅に拡大している。しかし、投げ売りはまだ始まっていない。スプレッドについて言えば、対米国債スプレッドが今の水準より拡大していた期間は観測期間全体の2%しかなかった。すなわち今の水準はお買い得ではあるが、バリュエーションは投資時期を決定するためのツールとしは不十分である。今安いものはさらに安くなる可能性がある。2008年の投資適格社債のスプレッドは618ベーシスポイント(bps)であった。これは現在より約250bps拡大した水準である。
まだセリングクライマックスが起きていないため、現在の水準で大きな買いを入れるのは株式であれ社債であれ時期尚早である。
経済面では、住宅ローンや公共料金、車のローンなどを支払わなければならない人々の家計を支援する政策がとにかく必要である。米国人の半数以上の貯金は500ドル未満だ。月に2,000ドルから3,000ドル稼いでその日暮らしでしのいでいる低賃金労働者は、たとえ国から1,000ドルの小切手を受け取ったとしても、月々の支払いを続けていくことが困難になるであろう。
どの緊急経済支援策が有効か否かを推測するよりも、以下をお伝えしたい。世界金融危機の際は連邦議会がTARPを承認したのは2008年10月、市場が底を打つかなり以前であった。その後も混乱が続き、市場が実際に底を打ったのは翌年の3月であった。つまり連邦議会が必要な施策を全て承認したとしても、その後6カ月間は不安定な市場が継続すると覚悟する必要がある。近いうちに議会が対策を講じると期待して、今押し目買いを入れるのは恐らく懸命な投資戦略ではない。
最後に、私は疫学者ではないが新型コロナウイルスについて気付いたことがある。中国政府が正確なデータを公表しているという大胆な前提をおくと、武漢における感染者数は封鎖以降約100倍増加して、4週間後にピークに達した。このパターンを米国に当てはめると(世界のほとんどの国が同じパターンであった)、封鎖日については聖パトリックの祝日(3月17日)でもカリフォルニア州の外出禁止命令(3月19日)でも構わないが、このエピデミック(疫病)は今後3週間から4週間はさらに悪化することになる。すなわち、米国においては感染者数が封鎖日から100倍増加し、1カ月で200万人に達することを意味している。実際には全米の封鎖も行っていない状態なので、今後30日間で日常生活が回復することはない。
もし現実が私の理論からぶれる可能性があるとすれば、それは良い方向ではなく悪い方向であろう。それ故私は、政府・議会がこの危機に適切かつ迅速に対処しなければ、10%から20%の確率で世界が不況に陥ると警告してきた。しかしこれは逆に言えば80%から90%の確率で世界が不況に陥ることはないということであり、確率的には投資家に有利である。私は世界が不況に陥って欲しいと決して言っている訳ではない。ただ、このままでは第2次大戦後初めての最もきわどい状況にあるのだと言いたい。
2006年から2007年にかけて私は金融危機が目前に迫っている可能性があると言ったが、同時に解決策も提言した。それはFRBが金融システムに大量の資金を供給するとともに政府があらゆる救済策を実施すれば危機を脱することができるというものであった。しかし今の状況では解決策が見えない。ウイルスをどう終息させるのか、あるいはこれがどのくらい続くのか私には見当もつかない。ただ言えることは市場、さらには一般社会において金融危機時とは比べものにならないほど分からないことが多すぎるということだ。それ故、少なくとも金融危機と同レベルの厳しい現実に直面するのはほぼ間違いない。
だが私は心の底では楽観主義者である。市場がついに底を打つとき、債券市場の多くのディストレストアセットは本当に魅力的な投資対象となっているであろう。金融危機の時に私は、自身のキャリアにおいて初めて社債をはじめとする債券がリスク調整後ではなく絶対値ベースで株式より高いリターンを生むだろうと考えた。今回も同じことが起きると思う。
また、経済の仕組みが根本的に変化することになるであろう。今、企業も従業員も在宅勤務に適応しつつある。オフィスで仕事をするよりも自宅で仕事をする方がはるかに安上がりだ。いずれ企業は特定の従業員に在宅勤務を認めるようになるであろう。通勤に片道1時間半かかる人もいる。自宅で仕事をするようになれば2時間長く働くこともできるし、家族と過ごす時間も増える。そうなれば商業用オフィス需要に大きな影響が及び、さらにその波及効果が小売、レストランその他の関連産業にも及ぶであろう。一方でテレワーク増加により、インターネット関連企業のへの需要は増加するため、業績が好調となることが想定できる。
今後3、4年のうちに、我々は今の状態から抜け出すであろう。といっても私は景気後退が3、4年続くと言っているわけではない。景気後退が続くのは6カ月から18カ月と考える。では何が3、4年かというと、ホテル、航空、エネルギーなど影響を受けた全ての業界が今から数カ月前の状態まで回復し経済が順調に回るようになるまでに恐らく4年程度かかる。その間、大幅な負債の解消、あるいはリストラクチャリングが実施されなければならない。つまり、FRBはかなり長期にわたり市場に流動性を供給し続けることになるであろう。
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